小金井書房ブログ

平安、孤独、楽しさ

紳士で緻密な戦略家、本 『アンチェロッティの完全戦術論』

 

優秀なのになぜか地味なアンチェロッティ監督

 私はサッカー監督の本やインタビューを読むことが好きで、これまで割と色々な監督についての文章を読んできました。別にサッカー監督を目指しているわけではありませんし、私自身はサッカーと無縁の生活をしているのですが、なぜか好きなのです。

 それで、サッカー雑誌を読んでいると、よく名将特集などとして世界の偉大な監督が取り上げられていることがあります。

そんな時よく見かける監督といえば、アレックス・ファーガソン、モウリーニョ、グアルディオラ、カペッロ、ベンゲルなど。最近だとシメオネや元ドルトムント監督クロップ、ドイツ代表のレーブなども見かけることがあります。

 そんな中、今回取り上げるこの本の著者であるカルロ・アンチェロッティ監督ですが、なぜか雑誌であまり見かけることがありません。彼はユベントス、ACミラン、チェルシー、パリ・サンジェルマン、レアル・マドリードといった世界の超ビッグクラブを監督として渡り歩いてきました。

そしてチームをリーグ優勝させたり、世界最高の大会でもあるチャンピオンズリーグで2度も優勝しているにもかかわらず、どういうわけか日本のサッカー雑誌で大きく取り上げられているのを見たことがほとんどありません。

ですから、私は彼のインタビューも読んだことがありませんでした(単に私が見逃しているだけかもしれませんが)。

 

 そういえばたしかに、アンチェロッティ監督と言うと、一見これといった大きな特徴がありません。カペッロのような鬼軍曹タイプでもなく、モウリーニョのように過激な発言をしたり審判や相手の監督を激しく批判したりするようなイメージもありません。

 また、アンチェロッティが率いるチームのサッカーも、フォーメーションも割とオーソドックスな感じですし、超攻撃的とか超守備的といった分かりやすい個性もないので、やはりとにかく地味です。

 本人の見た目の印象も、試合中に大声で指示を出している姿もほとんど見たことがなく、ガムを勢いよく噛み続けている風間杜夫に似た白髪のダンディなおじさんというぐらいのイメージしかありません。

 正直なところ、結果を出してきたと言っても率いてきたのは世界の強豪ばかりですので、「選手が優秀だから勝てただけなのではないか?」というのは少し私も思っていたところです。

ただ、とはいっても、出している結果が相当優秀であることは間違いないですので、どうも気になる少し謎めいた監督でした。

 そこで、この監督についてもっと知りたいと思っていたところ、日本でも2冊ほどアンチェロッティ関連本が出ていることを知り、そのうちの1冊であるこの『アンチェロッティの完全戦術論』を読んでみたところ、それはそれは非常に興味深いものだったのです。

 

紳士で緻密な戦略家アンチェロッティ

 この本を読んでまず分かったのは、アンチェロッティが世界最高の舞台で結果を出し続けてきたのはまったく偶然ではなく、必然だったということです。一見地味なこの白髪の紳士は、実は超緻密な戦略家だったのです。

 例えば、パリ・サンジェルマンを率いてチャンピオンズリーグのバルセロナと戦った時には、この本で書かれているだけでも試合中のチームの約束事が20個以上ありました。

「バルセロナのジョルディ・アルバとダニエウ・アウべスがサイドで高いポジションを取った時は、ルーカスとパストーレがマークする」

「(ボールがバルセロナ陣内にある時に)攻撃に転じたら、両ウイングは内に絞ってバルセロナのボランチであるブスケツの左右にポジションを取る」

といったように、あらゆる状況に応じて緻密なルールが数多く決められています。

選手達は目まぐるしく変化する試合状況の中で、その都度このチームの約束事を実行しなければならないのです。

 

 それからもう一つ分かったことは、アンチェロッティは柔軟かつ紳士的で、また、バランスというものをとても重視する監督であるということです。

 例えば、彼は自分が率いるチームのフォーメーションは元々4-4-2を基本としていましたが、途中からチームの事情によってシステムはできる限りオーダーメイドが望ましいと考えるようになりました。

 そして、スタッフや選手と良好な人間関係を築くことをかなり重要視しているのも印象的でした。

アンチェロッティの仕事上のポリシーは、「クラブの中で働くすべてのスタッフと良好な関係を築く。建設的かつポジティブな振る舞いを保つよう努め、言葉遣いにも注意する」というものです。

「結束の強いグループを構築できるかどうかは、監督が選手たちと、そして選手たち同士が良好な関係を築くことができるかどうかにかかっている」とのこと。

 さらに彼はこんなことも言っています。「トレーニングでも、冗談をとばしたり笑ったりする時間と100%の集中力で取り組む時間をバランスよく配することで、選手も様々なプレッシャーへの対応力が高まる」と。

つまり、選手を常に緊張感のある状況に置くよりも、適度にリラックスを与える方がかえってメンタルの強化につながると考えているのです。

 そして意外だったのは、「サッカーはどんなレベルであろうと『ゲーム』であり『遊び』。プロフェッショナルとしての仕事の空間にも、遊び、楽しみの要素を忘れてはいけない」と本に書かれていたことでした。

 ヨーロッパサッカーは戦争のように激しく厳しい世界ですし、とくに監督という職業は数試合負けが続いただけで簡単にクビにされることもある過酷な仕事ですので、そのような世界でもこのような考えを持っている(そして結果も出している)監督がいるというのは新鮮な驚きでした。

 

 これらのことからもわかるように、アンチェロッティは世界のサッカー監督の中では穏やかで柔らかい部類の人物だと思われます。

練習に遅刻してきたエースをたとえ重要な試合でも出場させないなど、締めるところはきちんと締めますが、選手やスタッフと良好な関係を築くよう努めながら結果を出し続ける。アンチェロッティ監督のそのようなプロフェッショナルな仕事ぶりにとても魅力を感じました。

 

監督としての苦労と、各国の文化の違い

 この本は基本的にはシステムや戦術、日々の練習メニューについて書かれた、現役のサッカー選手や監督向けのディープで実用的な本になっています。

 ただそれ以外にも、アンチェロッティが監督としてデビューした頃の話や、各国のビッグクラブで仕事をした時のエピソード、これまで監督として経験した中で記憶に残る重要な試合についての回想などもあり、マニアでなくても楽しめます。

偉大な監督の本ではありますが、本人の話し言葉で書かれていますので、親しみと共感を持って読むことができます。

 そして、これは他のどの監督も抱えている問題ですが、やはり控えの選手の扱いや、試合中の選手の交代に関してはかなり苦労があるようでした。海外サッカーを観ていると、交代を命じられた選手がベンチを蹴ったり監督を睨み付けてくるなんてことはよくありますので。

 この普遍的な問題に対してはアンチェロッティも、「通常、出場機会が少ない選手が練習でネガティブな振る舞いをすることがあり、選手に対して抜本的な対応を取る必要がある」と述べています。

 ただ、興味深かったのは、チェルシーを監督として率いていたイングランドでは、控えの選手の扱いに手を焼くことがなかったという話です。

イングランドでは国の文化として職業倫理の意識が非常に高く、試合に出られない選手も毎日の練習に全力で取り組むメンタリティを持っていたそうです。

 また、イングランドでは試合の後、マスコミへの対応を終えた後で、ホームチームの監督が自分の監督室に相手チームの監督を招いて、お互いのスタッフを交えて交流するという習慣があるのだそうです。友好的な雰囲気の中で、軽食を取りながらおだやかに意見を交わしたり、時には冗談を言い合うとのこと。

 イタリアではこのような友好的な交流は一切ないそうで、アンチェロッティはこのようなイングランドサッカーの文化を本書で評価していました。

 この本は、各国のビッグクラブを渡り歩いてきた一流の監督の考えていることを知ることができる、世界のサッカーファンにとって貴重な一冊ではないかと思います。

 

 

アンチェロッティの完全戦術論

アンチェロッティの完全戦術論